塚本晋也の撮影する野火を大岡昇平は黙って観ていられるでしょうか?

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映画監督の塚本晋也氏が大岡昇平の「野火」を原作に映画を撮影しました。新作の「野火」は、第71回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品が決定しています。

なぜ今、「野火」なのでしょうか? 塚本監督の狙いは何でしょうか?

塚本監督によると、「野火」は出資者が集まらずに自主製作したそうです。国際的に評価の高い塚本監督が撮る映画なら、出資者が現れてもおかしくはありません。しかし、結果的に自主製作に踏み切ったわけです。戦争映画はいつから人気がなくなったのでしょうか。

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「野火」は1959年に市川崑監督が一度映画化しています。その作品は小説を映像化したような映画でした。それでは小説に負けてしまいます。大岡昇平の「野火」は、作家自身の戦争体験が契機となって書かれた小説です。

小説をなぞっただけの映画では、力負けしてしまうのです。その点、塚本監督は極めてユニークな感性の持ち主です。映画界に於いても特異なポジションを占めています。塚本監督の「野火」に期待したいです。

大岡昇平とは?

原作者の大岡昇平は、1909年に生まれ1988年に亡くなった小説家です。文芸批評家の小林秀雄が家庭教師として大岡昇平にフランス語を教えていました。誰もが羨むような経験をしています。文学者との交友関係は広く、詩人の中原中也とも親友でした。

京大を卒業して会社員をしていました。そんな大岡昇平を小説家にしたのは「戦争」です。大岡昇平はフィリピンに赴き、米軍の捕虜になったのです。帰国後、「俘虜記」を発表しました。39歳になっていました。小説家・大岡昇平の誕生です。

戦争を題材にすると、人間の極限状態を描きやすいです。登場人物が置かれた環境が、まさに極限状態だからです。大岡昇平は戦争にいって戦争の悲惨さを学び、そしてそういう悲惨な状況の中でも人間の生きようとする意志を学び取ったのです。

戦争映画について

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現代にあって、戦争映画なんて流行らないです。流行らないほど、日本は戦争とは無縁になりました。日本人の多くが、外国の軍隊が日本に攻めてくるなどとは思ってもいないでしょう。街中を戦車が走り、空を戦闘機が飛び交う光景を想像できないでしょう。

しかし、同じ日本人でも89歳になる僕の祖母の脳裏には戦争が奥深くまで刻み込まれています。日本が戦争に負けたとき、アメリカ兵に何をされるか分からないという理由から、女性たちは、山奥に隠れたそうです。

僕の祖母はあるとき、戦闘機が空を飛び交い、バッバッバッと機関銃を撃って旋回してまた撃ってくる…洞窟の中でアメリカ軍の攻撃が終わるのを耳をふさぎながら待っていた…そんな話を興奮しながら喋っていました。もしかして祖母の戦争は終わっていないのかもしれません。いまだに戦争で亡くした兄弟を思い出すそうです。

戦争に「これが戦争だ」という唯一の経験などないのかもしれません。戦争を経験した人それぞれが、自分自身の戦争体験を持っているからです。戦争経験者ではない僕の戦争とは、映画を観たり本で読んだりしたイメージでしかないのです。

であるなら、いまこそ戦争経験者から話を聞いて、実際の戦争をイメージできるように学び取るべきでしょう。

なぜなら、塚本監督は戦争体験を活字化した小説をさらに映画化することによって、戦争未経験者に戦争というものの姿を伝えたかったのかもしれないのですから。

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